初めての海外旅行③初めての語学学校

最初の頃は、誰の言っていることも分かりませんし、一言も話せません。

ただ行って、黙って過ごし、黙って帰る。毎日でした(笑)

ただ、クラスの雰囲気はすごく良かったです。

レベル1のクラスは 中国人、ロシア人、スペイン人がほとんどで、

日本人は私一人でした。

老後をフロリダで過ごそうと移住したご夫婦や、移民の人たちが多く、

年齢も高めでした。(留学生はいませんでした)

一言も話さない私にも、皆あれこれ話しかけてくれて、

やれ、もっと話せ。話す努力しなければ上達しない。もっと積極的に。と

あれこれ、毎日話しかけてはお節介を焼いてくれましたので、

話せなくても、疎外感は全くありませんでした。


授業は朝から2時間グラマー(文法)の授業、

1時間リーデング&ボキャブラリー(読み方&語彙)の授業の後、

昼食を食べ、午後から、サバイバルスキルと、

リスニング&スピーキング(聞き取り&話し方)の

授業が1時間ずつの1日中びっしりと英語漬けでした。


文法の授業は すごく優しい女性の先生で、一番楽しい授業でした。

レベル1のテキストはびっくり。アメリカでも中学1年生の1学期レベルの英語でした。

ところが、授業は日本のものとは全然違いました。


教科書をただ読んだり、書いたりする授業ではなく、例えば時間の授業は

大きな時計を持ってきて、先生が色々な時間を作って、皆で何時何分!、何時何分!と

競争のように何十回もやったり、

数字の発音を勉強する時はビンゴゲームをしながら。ビンゴになった人は飴をもらえ、

次のゲームではその人が数字を読み上げます。

皆、ビンゴになりたいので、超真剣で、「今の、17? 70?」と曖昧な発音だと

ガンガン指摘が入りますので、数字を読むほうも発音を何度もやらされます。


動詞の勉強はジェスチャーゲームで。一人ずつ前に出て、先生が絵が描いてあるカードを

見せるので、その絵のジェスチャーをすると、皆が「Take a shower」などと答える。


というように、ほとんどがゲーム感覚の授業でした。

私も、もし中学生の時にこんな授業だったら、英語が好きになっていたかもしれません。


3時間目の語彙のクラスは単語の勉強なので、まだ楽でした。

おじいさん先生で、授業の最後に必ずプリントを先生に提出するのですが、

それを添削して、すごい笑顔で「good for you」と言ってくれるのが、

嬉しくて、この授業は大好きでした。


午後からのサバイバルスキルのクラスは 標識や、サインの意味や、

何かあった時に、間違った行動をしないよう、

重要な言葉を学んだり、こう言われたらどういう行動をするのか。

など、実践的な勉強だった気がします(うろ覚え)


最後の「聞く&話す」クラスは一番苦手でした。

毎回先生が「今日はバレンタインデーについて話してみましょう」とお題を考え、

生徒たちは「私の国ではこうです」とか、「私はこう思います」などと話したり、

「私はそう思わない」とか、「こういう考え方もある」などとデスカッションするような

授業だったと思います。


まったくほとんど話せないまま、何とか2週間ほど経過したある日、

突然、クラスメイトが話す言葉が耳に入りました。

本当に突然。


空港で、USエアーと、タンパ、という言葉にだけ反応したように、

クラスメイトが話しかけてきた会話の中の単語が分かって、

その言葉に反応して、「うん」とか「週末に行ったよ」とか答えられたのです。

びっくりしたクラスメイトはどんどん集まってきて、

皆が代わる代わるに話しかけ、私もどんどん答えて、

「先生!ケイコがしゃべったよー!」と大騒ぎになり、

先生も驚いて、5分の休憩が30分に延長になりました(笑)


私は中学の時からずーっと、英語が分かるという事は 頭の中のどこかで、

耳から入ってきた英語が、日本語に変換されて理解できるんだと思っていました。

その日本語をまた英語に変換して話すことだと思っていました。


ところが、その時、英語は英語のまま耳に入ってきて、

英語のまま理解するんだと気が付きました。


そして、その英語が何を意味するのか分かっているから、

返事が出来るという事を知りました。


要は Take a shwerは シャワーを浴びる。と頭で変換するのではなく、

Take a shwer のままで、その言葉に反応して、話せるんだ。と分かった瞬間でした。


その後は面白いように単語が入ってきました。(耳が英語に慣れたんだと思います)

クラスメイトが私に話しかけてくれた言葉を 翌日には私が別のクラスメイトに話しかけ、

通じると、その言葉を使えるようになる。

と言う感じで、どんどん会話が出来るようになりました。

その言葉をはっきりとした日本語に訳することは出来ませんが、

どういう時に、どのような意味で使うのかは分かりました。


少しづつ上達ではなく、階段を3段飛ばしで駆け上がっていくような上達でした。


それから学校が楽しくなりましたし、友達も出来ました。

学校以外でも、英語が話せるようになり、買い物したり、誰かと話すことが

楽しくて、楽しくて、観光ばかりのお出かけではなく、

ショッピングモールのフィットネスに通ったり、映画を見に行ったり、

中国人のクラスメイトの治療院で、初めて針治療を体験したり、

パーティーにお呼ばれしたり。。。

アメリカの生活もどんどん充実したものになってきました。

やっと、入り口に立って、いよいよこれから!というような気分でした。


学校に通うようになって1ヵ月、フロリダに来て、3カ月が目前でした。

ビザなしの滞在は3カ月がタイムリミットです。

最初から3カ月の予定でしたが、やっと話せるようになって、

あんなに苦手だった英語が面白くなって、いよいよこれから。

という時にタイムリミットが来るなんて。。。

「もう少しいたい。まだ勉強したい」と言ったら、

クラスメイトが事務室に連れて行ってくれました。


何と、ここで手続すると、学生ビザを取れることが分かりました。

(この時代、簡単に学生ビザが取得できました)


親友も、このまま残ってもいいよ。と言ってくれ、慣れてきたらアルバイトしながら

学校に通う方法もあるし。と言ってくれました。


後は当面のお金です。

3カ月の予定で、30万持ってくれば良いから。と言われ、持ってきた所持金は

とっくに底をつき、買い物はクレジットカードでしたが、現金が無く、

親友にお金を借りて、出かけた時にカード払いで清算するという状況でした。

学校からの帰りのバス代を浮かせるために、バスなら15分ほどの道のりを

1時間半かけて、徒歩で帰るということまでしていました(汗)


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クラスのみんなと先生。















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by solaogplanta2 | 2018-10-19 00:39 | 旅行 | Comments(0)

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